風花の舞う年の瀬に

拝啓
3月から震災下を生きる動物たちと、その動物たちとともに生きようとする人々の姿を記録してきました。東国の地はいままた、あの日と同じように、風花の舞う季節となりました。どこまでも断ち切られず、陰鬱にのっそり流れてゆく灰色の雲を見ていると、夏目漱石が見たイギリスの空を連想したりします。

漱石が百年も昔に書いた猫や犬の話(『永日小品』、『吾輩は猫である』、『硝子戸の中』など)からは、私が動物たちの姿を描く上での大きな教示が得られます。漱石の書くものは、決して「社会問題」や「社会運動」の提出ではなく、ただに人間を見つめ抜いている。そして百年の後までも読まれ継がれているということに、足のすくむ思いがいたします。
映画監督の小川紳介氏は「実態を書け、状況を書くな」と述べていたと、物の本で読みました。漱石が書いた猫や犬の話は、人と動物の距離感やその生き方、考え方の実態を、微細な描写を通して描き出したものと思います。漱石の文章に息づくような人と動物たちの細やかな描写を通して、実態が浮かび上がってくるが如き映像が生まれでたら、私は一観衆としても観てみたいと思います。  
太陽が茫とした輪郭しか見せてくれない東国の冬空の下では、こんな呑気なことを考えながら年を送るのが、誠に良いことのように思います。
みなさま良い年を迎えてください。

                                                      敬具

平成辛卯 師走晦日
宍戸 大裕