風よ君の声がする―海老原宏美を想うみんなの集い―(4/22開催)

4月のはじめは海老原さんの誕生日があり僕の誕生日もちかく、一緒にお寿司を取っては乾杯しお祝いしたものでした。実行委員会の皆さんと海老原さんを送る会の準備をしている今も、何をしているのだろう?とふしぎな気持ちになります。開催準備が進みそのかたちが見えてくるにつれて、さびしさ新たにしています。

「風よ君の声がする―海老原宏美を想うみんなの集い―」

日時:4月22日(金)13:00~20:45(12:30開場)

場所:東京都東大和市・ハミングホール

詳細のご確認とお申込みは下記URLからお願いします。
(一部プログラムに変更がございます)。

https://kazeyo0422ebi.peatix.com/

 

当日は感染症対策もしっかり行い、みなさまをお迎えします。
海老原さんの44年の歩みと人生に賭けた想いをみなで分かち合い、海老原さんとの思い出を胸に、新たなスタートラインに立てる日になることを願っています。
みなさまのご参加をお待ちしています。

その人をおもう

年の暮れにその人は突然眠ってしまった。ちっとも起きてこなくなってからこっち、ずっと真っ白だった。長くて悪い夢は、何度眠りまた起きてもつづいた。つめたくなった頬にも手にも触れて、花でいっぱいになった棺もみてお骨を拾ってもなお、夢をみているよう。このまま深く眠ったら、その人のいた世界に戻れるだろうか。年の明けた気がまるでしないまま、おーいどこいったー、はやくかえってこーいと繰り返していた。その人がもういないということが不思議でおかしくて、誰に向けるいわれもない理不尽さに腹を立てたりいまここにいるはずの自分が不思議でならなくなったり。仕事も手につかない無為の日をおくっていた(関係者の皆さん、ごめんなさい)。


ずっといっしょにいて僕にはお守りのような人だった。どうしたらまた会えるものかと思いめぐらしていた時、恐山のイタコを思いつく。けど、調べてみるとイタコは冬は休みで夏と秋のひとときだけおられるとか。そんな先まで待っていられるはずもなく思いあぐねているとその人の血縁に修験道を勤めた高僧がおられたことを思い出し「そうだ、巡礼がよい」と思いが決まった。東北三十六不動尊を歩きめぐり、その人がどこへいってしまったのか、いま自分はどこにいるのか、それぞれの位置をたしかめるための旅を岩手からはじめることにした。


盛岡をはじまりに歩きだすと、内陸はまだまだ道に雪が積もっている。霊場をめぐる旅にとくに決めごとはせず、目についた神社仏閣にも手を合わせただ歩いていく。


「はやく戻ってきてください。そっちで人手が足りない時はいつでも呼んでください」。


願いはたいていこのふたつ。歩き慣れず2日目には足が痛みはじめ、引きずるようになり、歩度は遅くなるばかり。それでもかまわず、見渡すかぎりの雪原になった田んぼの一本道をひた歩いていく。花巻の大興寺という寺の本堂に立った時のこと、柱に漢詩とおぼしき文字が連なっていた。好い加減なところへレ点をつけて読もうとするも、ちっともわからない。禅寺なので公案かしらと宿でネット検索をしてみると良寛の詩「出山釈迦」だった。人が迷い、執着を起こすことのなんと多いことかという意で、釈迦ですらもということが含まれていた(『訳註 良寛詩集』ワイド版岩波文庫)。尋ねたいことがあって歩いてきた寺の門をくぐって、こっちもわからないんだと拍子抜けする答えが返ってきた気がして、そうかあなたもだったかと清々しく笑ってしまう。


この季節、歩道が雪に埋まっていたり片側一車線の道にそもそも歩道がなかったり、徒歩ではとてもわたりきれない峠道もたくさんある。そんな道が何キロもつづいているところでは電車で移動する。夜の1両電車の曇った窓を手で拭いて、真っ暗な窓外を眺めるとここを歩いて行き来した昔の人のたくましさに畏怖をおぼえる。遠野の路傍では積もった雪からちいさな石碑や石仏がさりげなく顔を出していた。その下には江戸の死者が眠っているようで、並んでなければ自然石と見過ごしてしまう。夏は草に隠されてしまうのだろうか。やがて歳月の風雪にあらわれて彫られた名や年号ものっぺらぼうになり、だれも気づくことのない自然石に帰っていくありようは死者も生者もなく、ひとつの「いのち」が時に溶けだしているようで、安堵する。


人がつつましく、そうあるよりほかなかった昔を思いやりつつ海沿いへ足を進めると、どことなく春が目覚めたと感じる陽気だった。でも。海の見えるところまで来たとたん、地平に定規をあてたような白っぽい壁が横一線に空を限り、海を隠してしまっていた。震災後につくられた巨大防潮堤が居丈高にそそり立ち、冷たく固いコンクリートが人間を圧倒している。時へとにじみだしていた遠野の石のように、このコンクリートが人間に親しい点景となる日はくるのか。


釜石のお寺では丘のふもとからてっぺんまで墓石が並んでいた。3.11で亡くなられた檀信徒の名が二枚のおおきな石に刻まれている。並んだ名前が多すぎて息をのむ。この寺までも水は来たようだ。急な階段をのぼり丘の上まであがると陽光をはね返す海と、造船所が目に入る。墓石の戒名を読んでいく。敗戦のあとの数年とそれより以前、早世した子どもの多いこと。当才、二才、三才という享年が印され童子童女という位号も目につく。こんなにもあっさりと、人はこの世から奪われていくものだったか。


死者はどこへ行ったのか、生者はどこにいるのか。そもそも生も死も、あるのかどうかすらわからない。みんな死ぬという平凡な事実ももっとも身近な人のそれとなるとまるでおなじことと思えない。切実すぎて、われながら怪しむ。神社といい寺といい畢竟死者をめぐって歩いている。生者との一期一会の目礼すらも心にとまる。


もうこの先どんなことがあってもその人とは会えないのだと思って途方に暮れたり、いやいやここにいるじゃないかと思って安心したり。そんなことを繰り返す。それでも、こうして文字を連ねるほどには、日を送ってきたのだろう。三十六寺のうち回れたのは三か所。世間へ仕事へと戻りながら、わからないことを探しもとめたい。


やっぱりもういちど会いたいし、声が聴きたい。もうすぐ四十九日がくる。おーい、はやく、かえってこーい。

 

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この秋冬に

ことしの秋から冬にかけて、声をかけて頂き製作した短編の映像作品をご紹介します。

 

① 「眼にて云う」(口文字 日本語版)

日本ALS協会さんのご依頼をうけて「口文字」を紹介する映像をつくりました。観るだけでは「口文字」の仕組みを理解するのは難しいかもしれず、習うより馴れろの典型かとも思うのですが、「へ~こういうコミュニケーションもあるのか」と知っていただけたら嬉しいです。目と目をしっかり合わせなければ始まらないコミュニケーション方法「口文字」。はたで観ていると、ひとの体温が重なり合っているなと感じてドキドキします。

9分15秒の映像です。

 

www.youtube.com

 

② 「【障害者週間記念特別映像】福祉作業所ってどんなところ?」

東京都社会福祉協議会・知的発達障害部会さんからのご依頼をうけて製作しました。「知的障害がある」と言われる方々の人間の大きさ、魅力に惹きつけられます。「障害者」ってくくりも枠組みも言葉も、ぜんぜんピンとこないんだよなあとつねづね感じてます。何かいい言葉はないものでしょうか?チャーミングなひとと出会える喜びを感じてもらえたら幸いです。

10分57秒の映像です。

 

www.youtube.com

 

「熊と人 四国の森に生きる」配信しています

先日ご案内しました、「熊と人 四国の森に生きる」の上映とシンポジウムの様子がYoutubeで配信されています。

当日お見逃しになった方もどうぞこちらからご覧ください。

 

www.youtube.com

 

シンポジウムの中では、森づくりには50年100年かかるというお話が出ました。ひとの仕事も映像も、眼差しを遠くに向け根気よく育てあげることが大切と感じます。この映像をはじまりに、四国の熊と人のいとなみをこれからも撮影していきたいと思います。

 

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のぼりべつクマ牧場でCF・動物福祉向上のために

先月から、北海道「のぼりべつクマ牧場」で熊たちの福祉向上のためのクラウドファンディングが実施されています。第1目標金額は達成し、現在は第2目標に進んでいるようです。

期限は12月24日まで。応援しています。

 

readyfor.jp

 

「熊と人 四国の森に生きる」あすオンライン配信です

子どもの頃から野生動物が好きでした。動物のためにじぶんに何ができるだろうと考えてました。高2で獣医を目指すも、物理は平均点以下、数学は赤点で叶いそうになく、ならば文転して野生動物の生息域を守る政治家になろうと志したのですが、大学で政治の世界のあれこれが自分にはついていけぬと、諦めました。
初志から25年。野生動物のためにできることがひとつ見つかりました。映像をつくることです。
昨年から今年にかけて、徳島高知に取材へ出かけました。近年、北海道と本州では人里への「出没」が話題になる熊が、四国では絶滅危惧種になっています。四国全域で20頭ほどしか生息してなく、四国山地東部の剣山系にしか生存していない。九州では、すでに絶滅している熊です。
人間が殺し、人間が助ける。動物をめぐって常につきまとう構図がここにもあります。自己矛盾が突きつけられ、まったく賢治が書いた『よだかの星』のよだかと似た気分になる日々です。よだかは自己矛盾の先を突き抜けて空の星になり、『なめとこ山の熊』の猟師は、熊にイヨマンテされる。それが本当だと思う。ここまでひどいことをしておいて、救うも助けるもあったもんじゃないだろう。でも。それでも、そんな人間だって、時々いいとこあるんだぜ、という気持ちはにじむ。いいないいな、人間っていいな。見ていたのはクマの子でした。
宮沢賢治を生み育てた岩手で熊とひとのことを考えようと、昨年夏に盛岡へ越しました。土地に徳がある、と思います。街にいても森閑として、静々として。たとえばこうなのです。先月27日は99年前、賢治の妹トシさんが死んだ日で『永訣の朝』でその別れが詠まれます。
「あめゆじゅとてちてけんじゃ」のこの日はみぞれがびちゃびちゃ降ってきた、というその岩手盛岡で、99年後の11月27日に雪が降ってくるのです。そこに土地の徳を感じます。

 

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盛岡夕顔瀬から

四国で絶滅に瀕している熊を守ろうと、あくせく動き回っている人と熊の話をまとめました。30分の映像です。こたえの出ないことも迷いもそのままに、ただ、四国の熊を絶滅させてはならない気持ちでつくりました。
あさっての12日、13時からオンラインで上映です。

www.nacsj.or.jp

 

野枝さん、しかしなおこの国は、この通りだ

ついさきごろ、福岡市の今宿を訪ねた。「炎の女」と評され、関東大震災のどさくさに官憲に殺められた伊藤野枝が生まれ育った地。今津湾に面して、波音が寄せる。路地を歩けば「伊藤」姓の表札をところどころに見かける。野枝さんの呼吸をいまに感じとるようで、胸がさわぐ。
(野枝さん、しかしなおこの国は、この通りだ)
生涯、野枝さんがたたかった体制の中心に鎮座する九重の、御簾のうちにお育ちの若い方が、ご自身の意思を貫かれる姿にまばゆい感銘と共感をおぼえる。
でもその若い方はこの国では生きることは叶わぬと(すなわちこのままでは殺されてしまうと)、国を離れるという。意思を持つ人間をすべからく圧殺していくこの国と、それを加速させる少数者。知らぬ顔で加担する多数者。
(野枝さん、しかしなおこの国は、この通りだ)
満身に怒り憎しみが湧きたつのをむりやり吞み込んで、今宿の海鳴りを聴く。
日本国憲法第二十四条「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」する。
劣勢だとか、広がりを欠くとか、伸び悩んでいるとか。独自のたたかいをしているなどと微妙な言い回しで表現されるもの。そういうものたちの背中を押して、一緒に歩いていきたい。
(野枝さん、しかしなおこの国は、この通りだ)

 

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