僕たちの時代のうたを

拝啓
大飯原発再稼動へ」というニュースを目にしながら、夏目漱石が二人の弟子、芥川龍之介久米正雄へ宛てた手紙のことを思い返していました。大正5年8月24日付の手紙です。

   あせつては不可せん。頭を惡くしては不可せん。根氣づくでお出でなさい。世の中は根氣の前に
   頭を下げる事を知つてゐますが、火花の前には一瞬の記憶しか與へて呉れません。うんうん死ぬ
   迄押すのです。それ丈です。决して相手を拵らへてそれを押しちや不可せん。
   相手はいくらでも後から後からと出て來ます。さうして吾々を惱ませます。牛は超然として押して
   行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。
   是から湯に入ります。
        
                         八月二十四日                 夏目金之助
   芥川 龍之介 樣
   久 米 正 雄 樣

福島に立つことのない人々が、福島に向き合いながら生きようとする無数の命を黙殺し、福島以前の日々をなお生きようとする。僕たちの政府はそういう政府でしかなく、そういう政府しか持ち得なかったということは、事実として僕たちの前にあり、それは途方に暮れるほど気の滅入ることです。それでもなお、そういう時を生きることを、否応なく強いられた僕たちは、僕たち自身の政府を持つために、僕たち自身がありたいようにありつづけるために、たたかっていかなければなりません。

長いたたかいになるのでしょう。

昨日の後退が今日の前進を約束しないとは限らず、今日の前進が明日の前進を保証することはしない、そういう日々がつづいていく中で、僕たちはあらゆる命と手をつなぎ、過去と未来とも心をつなぎ、しなやかに朗らかにたたかいぬき、ユウモアたっぷりに、勝つ日を待ちつづけようではありませんか。

この間、「ヘルプ〜心がつなぐストーリー」という映画を観ていたらディランの「Don't Think Twice, It's All Right」が流れてきて、失神するほどしびれてしまいました。一歩前進、二歩後退の日々がたとえあったとしても、Don't Think Twiceで、前を向く。僕たちがあるきつづける道の途中に、きっと僕たちの時代のうたが生れる。僕たちの時代のうたは、僕たちのはるか後から生まれ来る人々を、きっといつしかしびれさせ、失神させるうたになるかもしれません。

僕たちはうたいつづける。僕たちの時代のうたを探しながら、僕たちを勇気付けてくれるうたたちを。僕たちが、僕たちの政府を持つ日まで。手をつなぎましょう。

                                                  敬具

平成壬辰 卯月十九日
宍戸 大裕