沖縄順不同

三上智恵さんが監督された映画「標的の村」の続篇、「戦場ぬ止み」(いくさばぬとぅどぅみ)の試写会に行ってきた。

 

素晴らしいのひとこと、では収まることができない。噴出する感情をどうにも抑えようが無い。仕事が手につかない。困る。困った先から間欠泉のように感情が奔流してくる。
映画が豊かさを極めていた。それは沖縄の人びとと自然とその歴史の豊かさがそのままあふれたものだった。
4日前まで沖縄にいた。その時間は、激しい揺れだった。いまに余震が残る。
本震は、大きすぎてつかみきれない。余震から本震の大きさを測っていくことしか今のところなすすべがない。
順不同で沖縄について。
「戦場ぬ止み」に出てくる、島袋文子さん。85歳。辺野古の米軍基地前で建設反対の座り込みをしている。
70年前の沖縄戦のときは15歳、家族3人でガマに隠れていたところを米軍の火炎放射器で焼かれたという。
沖縄で観た、ひめゆりの資料館には犠牲になった227人の顔写真と名前、死亡状況やどんな人だったのかが詳細に書かれていた。

 安座間晶子さん 16歳 6月14日、壕入口におちた砲弾の破片で、腹部に重傷。小柄でてきぱきした活動的な人だった。 
 伝令に行った際に重傷を負い、「お母さん、先にいってごめんね」「青酸カリを下さい」などと言っていたが、家族の名を呼びながら息を引き取った。

 前田シゲさん 15歳 一日橋分室壕でガス弾投下された際、即死。個性的で、自分の意見をはっきり述べる人だった。
 
その顔から受けるその人の印象が、その人柄の説明と一致して見えてくる。安座間さんは、活動的な人に見えてくる。
前田さんは、自分の意見をはっきり述べそうな顔立ちをしている。
生きていれば、86歳と85歳。島袋さんとおなじ年頃だ。そういう人たちが、写真になって並んでいる。年齢はずっと変わらぬまま少女の顔立ちのまま。
227名。それが沖縄戦のほんのひとにぎりの人びとであって、大東亜戦争、引いては戦争というものが奪っていく無数の人生のひとにぎりであることを
思うと、頭も心も止まってしまう。途方に暮れることも出来ない。何もかもが止まってしまう。

止まったところから、すこしずつ知るものがある。知る、分る。知らない、分らない。また知る、分る。
それを繰り返して、すこしずつ心に何かが打ち付けられていく。

順不同で、思いつくままに書いていきます。

平成乙未 卯月二十七日
宍戸 大裕