元気で行かう。絶望するな。
6月19日は桜桃忌。『津軽』の最後の一節が思い返されるきょうこのごろ。
私は虚飾を行はなかつた。読者をだましはしなかつた。
さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。絶望するな。では、失敬。
そうだその意気。絶望なんてしてる暇も無い。
石破茂自民党幹事長はその著書『国難 政治に幻想はいらない』(新潮社/2012年)の中で集団的自衛権について次のように語っている。ちょっと長くなるけれど引用する。
アジアにおいて力を発揮するためにも、私は、今後、日本が集団的自衛権を行使できた
ほうがいいと思います。ただそのためには、まず始めにアジアの国々に信用されなく
てはいけません。
かつて我が国は大東亜共栄圏という名のもと、アジアの多くの国々に多大の被害を
与えました。いま日本が集団的自衛権を打ち立てたら、やはりまだ、多くの国々は
警戒するでしょう。
(中略)
日本の集団的自衛権について議論するにあたり、私は、我々がまず絶対にすべきことが
二つあると説いています。
まず、なぜあの戦争をはじめ、なぜあの戦争に負けたかということについて、我が国
自身できちんとした検証を行うこと。
そしてもう一つは、フィリピンやシンガポール、あるいはタイ、インドネシアといった
アジアの国々に日本は何をしてきたのか、そしてそれに対していかなる賠償をしてきた
のか、本当にいまのままで十分なのか、ということを考え、きちんとした認識を作るこ
と。
この二つをしなければ、集団的自衛権についてアジアの理解を得られるはずがなく、
またアジアの理解がなければ、我々は集団的自衛権を行使すべきではないと思ってい
ます。
(P107〜108)
石破幹事長は、集団的自衛権を、同盟関係にあるアメリカとのみ行使すると考えている訳ではなく、”密接な関係にある”アジアの国々とも(例えば韓国や中国とも)行使出来るのだと考えている。「アジアの国々の理解が必要」という言い方をするのも、そうした理由からだろう。
彼は、政治改革を志して自民党を飛び出た経歴からも、その著書からも見えてくるように原理原則の人だ。だから話がわかりやすい。湿っていなくて、乾いている。魂胆、というものが見えない。そういう印象を多くの自民党員も持っているからだろうか、2012年9月に行われた自民党総裁選の第1回投票で安倍の141票をはるかに上回る199票を獲得している。地方票は安倍の87票に対して165票と、倍だ(結局、国会議員のみによる決選投票で、安倍108票、石破89票と破れたのだが)。
集団的自衛権はアメリカに限らず、密接な関係にあるアジアの国とも行使できる。こう石破幹事長はいう。理屈はたしかにそうだろう。だが、現実的に考えてそういう事態は考えづらい。韓国、中国が日本にともに戦ってくれと要請してくるだろうか。そういう政治状況で決して無いことは彼自身がよくわかっているはずだ。だからこそ彼は、集団的自衛権の議論の前に二つ絶対にすべきことがある、と書いているのだ。
その二つは、二つともに真っ当なことだと思う。この二つを経れば集団的自衛権の行使が認められる、とは僕は考えられないけれど、この二つはそれ以前のこととして必要だと思う。
石破幹事長の話がわかると思うのは、こういうところなのだ。前回のブログの言葉でいうと、鹿を鹿といい馬を馬という。そういう正直さで国民に問う。それがこの人の信頼できるところなのだ。
だが、残念ながら自民党のトップは彼ではなく、もうひとりのカレだ。
虚飾とだまし、没論理と非知性。もしかして、この人はほんとに鹿を馬と思い込んでるのじゃないかしらと、妙な不安が拭えないカレ。聞いてられぬは見てられぬ。
石破さん。与党自民党の幹事長という立場もあるのだろうけれど、自分の信念、言葉に責任を持つ原理原則の人らしく、集団的自衛権の議論の前に「絶対すべき二つのこと」を絶対に行ってから、議論をはじめてほしい。
与党協議はいちからやりなおしだ。
では、失敬。
平成甲午水無月十九日
宍戸 大裕